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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)471号 判決 1985年9月30日

原告

増田三敏

右訴訟代理人

細川律夫

金臺和夫

同訴訟復代理人

山野光雄

被告

双伸商事株式会社

右代表者

大熊政次

右訴訟代理人

神山祐輔

佐藤善博

鈴木幸子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告

「1 被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、同(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。

2 被告は、原告に対し、昭和五八年五月一日から、右明渡済みまで一か月金六万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

被告

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

原告・請求原因

一  原告代理人増田俊夫(以下「俊夫」という。)は、被告に対し、昭和五五年二月二日、原告の所有する本件土地を建物所有の目的で、賃料一か月五万円、同年四月分からは一か月六万五〇〇〇円の約で貸し渡した(以下「本件契約」という。)。

二  被告は、本件土地上に本件建物を建築して所有している。

三  解除事由

1  原告と被告は、本件契約において、被告が本件建物に抵当権を設定したときは、催告を要せずに直ちに本件契約を解除することができる旨約した(以下「本件特約」という。)。

2  右特約は次の理由によりなされたものである。

(一) 原告は、被告会社設立以来被告会社代表者である大熊政次(以下「大熊」という。)との間で、昭和五四年七月二二日、本件土地につき、賃料一か月五万円、契約期間同年八月一日から一〇年間とする賃貸借契約を締結した。

(二) 右契約は、大熊の「プレハブ建の簡易な寿司屋をやりたい」という懇請に応えたもので、右賃貸借契約につき権利金及び敷金の授受はしなかつた。

(三) 大熊は、本件土地を原告に無断で被告に転貸し、被告は、同年一一月一〇日本件建物を建築した。

(四) 同月被告及び大熊は、本件建物を銀行の担保に供することを計画し、原告に対し、十分な説明をせずに、原告を欺罔して担保設定の承諾書を書かせた。そこで、俊夫は大熊に対し担保設定の中止または権利金、敷金等の支払を求めたが、大熊は応じず、原告は、右(一)の契約を無断転貸を理由として解除し、大熊に対し本件土地の明渡を、被告に対し本件建物の収去を要求した。

(五) しかし、被告及び大熊は、原告に対し、本件建物所有目的で本件土地を賃貸してほしいと懇願したので、原告は被告との間で、改めて本件契約を締結したが、原告は、本件土地を被告以外に賃貸する意思を有せず、権利金の授受もしなかつたので、本件土地の賃借権が第三者に移転されるのを防止するため、被告に対し、本件建物に抵当権の設定をしないように要望し、被告も納得の上、本件契約に本件特約を加えて、原告が懇意にし、大熊を原告に紹介した大熊の甥である大熊文男が立ち会いのうえこれを締結した。

3  被告は、本件建物につき株式会社田辺工務店に対し、昭和五六年二月一〇日、抵当権及び停止条件付賃借権を設定し、かつ、代物弁済予約をなし、同年三月九日その旨の登記、仮登記(代物弁済予約につき所有権移転請求権仮登記)をし、右抵当権、所有権移転請求権及び条件付賃借権は、昭和五八年三月二三日吉田和美に対し譲渡された。

4  本件特約は、単に賃貸借契約に抵当権設定禁止特約が付加された場合と、特約を結ぶに至つた経緯、目的、結果において異なり、本件土地の賃借権が第三者に移転するような行為を被告が行うことを未然に防止するものであり、右3の被告の行為は、本件特約に違反し、これに基く吉田への抵当権等の移転は、原被告間の信頼関係を破壊するものである。

四  原告は、被告に対し、昭和五八年四月二八日到達の書面で、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

よつて、原告は、被告に対し、右賃貸借契約の終了を理由に本件建物収去土地明渡及び賃貸借契約終了の日の後の昭和五八年五月一日から右明渡済みまで賃料相当の一か月六万五〇〇〇円の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告・認否

一  請求原因一、二、三の1、三の2の(一)の事実は認める。

二  請求原因三の2の(二)の事実のうち、権利金及び敷金の授受がなされなかつたことは認める(その余の事実については認否がない。)。

三  同三の2の(三)の事実は否認する。

四  同三の2の(四)の事実のうち、俊夫が大熊に対し、権利金、敷金等の支払を求め(但し、その理由は除く)、大熊が右支払には応じなかつたこと、本件建物につき銀行に対する担保設定の承諾書を得たことは認め、その余の事実は否認する。

五  同三の2の(五)の事実は否認する。

六  同三の3の事実は認める。

七  同三の4の主張は争う。

八  同四の事実は認める。

被告・主張

一  本件契約に本件特約が付加された経緯について

1  原告は、本件土地の利用を計り、大熊に対し、敷金及び権利金は不要、農地を宅地にするため必要な用水脱退金及び本件土地を整地して宅地にするための造成工事費を借主が負担する旨の賃貸借契約を申入れ、大熊は、右申入れを承諾して、本件土地を寿司屋、スナックの店舗及び不動産売買・交換・賃貸の仲介代理業の事務所として使用する建物所有の目的で借り受け、被告は、用水脱退金三三万円及び造成工事費一八〇万円を負担した。

2  大熊は、昭和五四年一〇月一日、寿司屋、スナック及び不動産売買・交換・賃貸の仲介代理を目的とする株式会社を設立し、本件建物の所有名義を被告としたが、被告の実態は大熊の個人経営であつた。

3  大熊は被告代表取締役として、原告を介して、原告がその外務職員をしている生命保険会社との間で、同年一一月一日、養老保険及び定期保険契約を締結しており、原告は遅くともこの時、大熊が企業形態を改めたこと及び被告会社の右実態を知つていた。

4  本件建物は店舗として、同月二九日完成し、開店祝の日には、原告は花輪を贈つて祝つた。

5  俊夫は、大熊に対し、本件建物の店舗としての完成の一か月後、敷金及び礼金を支払うよう申入れ、両者は、敷金及び権利金を支払わないかわりに、賃料を昭和五五年四月分から六万五〇〇〇円とする旨合意した。

6  原告は、大熊に対し、右の合意の後、大熊が本件建物に店舗の設備資金二〇〇〇万円借入のために担保を設定することについて一旦は承諾を与え、承諾書に署名押印をしたが、後に大熊に対し、承諾を保留したため大熊の借り入れも取り止めになつた。

7  俊夫と大熊は、昭和五五年二月二日、賃借人を被告とする本件契約を合意したが、本件特約を設けるについて特別の話し合いはなされなかつた。

二  解除について

1  建物は賃借人の所有物であり、その建物に担保権を設定することは賃借人の権利の行使である。のみならず抵当権者は抵当権の目的物の占有を取得しないから、抵当権が設定されても、賃借人は、賃借地を第三者に使用収益させたことにならず、賃貸人は何らの不利益を被らない。よつて、本来抵当権の設定には賃貸人の承諾を必要としないものである。

2  また、本件特約は、一般に、建物の建築費が高額なため、完成した建物を担保に入れる以外に資金調達の途がない現状のもとで、賃借人の唯一の金融を得る途を奪うものであるから、公序良俗に反する無効な特約である。

3  仮に本件特約が無効でないとしても、本件特約に違反して抵当権を設定しただけでは未だ賃貸人と賃借人との信頼関係が破壊されたものとはいえず契約解除の理由とはならない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告代理人俊夫が、被告に対し、昭和五五年二月二日、原告の所有する本件土地を建物所有の目的、賃料一か月五万円、同年四月分からは一か月六万五〇〇〇円、被告が本件建物に抵当権を設定したときは、原告は催告を要せずに直ちに契約を解除することができる旨の約で貸し渡し、被告が本件土地上に本件建物を建築して所有していることは当事者間に争いがない。

二原告は、本件特約は付与の経緯、目的、結果の点で単に特約を付与したものと異なり、被告の行為は本件特約に違反し、原被告間の信頼関係を破壊するものであると主張し、信頼関係の破壊を本件契約の解除理由とする。

これに対し、被告は、①本件特約は無効である。②原告主張の大熊の行為及び被告の抵当権設定行為は、原被告間の信頼関係を破壊するものではない旨主張する。

1 そこで、まず、本件特約の有効性について検討する。

(一) 本件契約は、前記判示のとおり、建物所有目的の土地の賃貸借契約であるから、借地法の適用を受けるものであるところ、本件特約は、抵当権の設定行為を禁止するものであり、借地法九条の三が保護している、建物競売等の場合の賃借権の譲渡許可の裁判を競落人等が受け得ることにより、借地人が容易に建物に抵当権を設定しえ、金員を借入し得るという借地人の利益を予め放棄させる意味を有するものである。

(二) 同法九条の三は、借地法の片面的強行法規性を定める同法一一条には掲げられていないが、それは、単に同法九条の三が競落人等と貸地人との関係を定めているもので、貸地人と借地人が同法九条の三が定める競落人等の権利を奪う合意をしても、その合意の効力が競落人等には及ばないからというにすぎず、同法九条の二が定める譲渡転貸の許可の裁判の場合に比べて、抵当権を設定しようとする借地人の利益を軽く扱つているからではない。

(三) 従つて、同法九条の三が定める建物の競落以前の段階たる借地人の抵当権設定そのものを禁止する本件特約には、同法一一条の趣旨が及び、本件特約は、借地人が所有建物に抵当権を設定して金員を借入れようとすることを妨げる点において借地権者に不利であるといえるから、無効であるといわなければならない。

2  次に、原告は、本件特約は、その付与の経緯、目的、結果において単に特約を付与した場合と異なると主張するので検討する。

(一)  原告が、大熊との間で、昭和五四年七月二二日、本件土地を賃料一か月五万円、契約期間同年八月一日から一〇年間として賃貸借契約を締結したこと、大熊が被告会社設立以来被告代表者であること、被告が本件建物につき株式会社田辺工務店に対し、昭和五六年二月一〇日、抵当権及び停止条件付賃借権を設定し、かつ代物弁済予約をなし、同年三月九日その旨の登記・仮登記(代物弁済予約につき所有権移転請求権仮登記)をし、昭和五八年三月二三日、吉田和美に対し、抵当権、所有権移転請求権及び停止条件付賃借権が譲渡されたことについては当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する<証拠>は措信できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(1) 大熊は、本件土地において、寿司屋、スナック及び不動産売買・交換・賃貸の仲介代理業を営むことを計画し、原告に対し、プレハブ建の簡易な寿司屋をやりたいと懇請し、昭和五四年二月一日、生命保険会社の外務職員である原告を介して、自分の妻を被保険者として保険契約を締結する等して本件土地の賃貸に消極的な原告に働きかけ、敷金及び礼金は不要とする代わりに、本件土地を農地から宅地にするため必要な用水脱退金及び本件土地を整地するための造成工事費を被告が負担する旨合意して、店舗兼事務所所有の目的で右2(一)の賃貸借契約を締結し、大熊は、昭和五四年七月ころ、本件土地の宅地化に必要な用水脱退金三三万円及び造成工事費一八〇万円を負担し、本件土地を整地した。

(2) 大熊は、昭和五四年一〇月一日、寿司屋、スナック及び不動産売買・交換・賃貸の仲介代理を目的とする被告会社を設立したが、被告会社は、大熊の親族が取締役等の役員となり、経営には大熊個人が携わるもので、個人企業を法人組織にしたものにすぎず、経営の実態には変化のないものであつた。

被告は、原告を介して、生命保険会社との間で、同年一一月一日、大熊を被保険者として養老保険及び定期保険契約を締結し、原告はおそくとも、この時、大熊が個人企業を法人組織にしたことを知つていた。

(3) 大熊は、軽量鉄骨により本件建物を建築したが、本件建物は外装工事の結果、原告の予想に反して外見の立派なものとなり同月二一日、本件建物の保存登記を被告名義でした。

(4) 原告は、大熊に対し、同月ころ、大熊が本件建物に本件建物の設備資金二〇〇〇万円借入のために銀行に対し、担保権を設定することについて承諾を与え、承諾書に署名押印をした(承諾の点は当事者間に争いがない。)が、原告の長男である俊夫は、原告から書類に押印した旨を聞き、その書類が担保権設定の書類であることを知ると、担保権を設定するのであれば権利金の支払を受けるべきであると考え、大熊に対し権利金を支払うよう要求した(この点については当事者間に争いがない。)が大熊は応じず、俊夫は被告が融資を受けようとしていた銀行に担保権設定に反対の意を伝え、結局大熊の右借入は取り止めになつた。

(5) 原告は、右承諾書の件をきつかけにして、被告がすでに本件建物に担保を設定しているのではないかと考え、本件建物の登記簿を調べたところ、本件建物の所有名義人が被告であることを知つた。

(6) 俊夫は、原告が土地を貸すということを安易に考えていると案じ、大熊との契約を原告が不利益を被る怖れのないものとしておくべきであると考え、原告を代理して大熊と数回交渉し、原告と大熊の契約を無断転貸を理由として解除しようとしたりもした。

(7) しかし、大熊が本件建物所有目的で本件土地を賃借することを望んだので、原告代理人俊夫と大熊は、昭和五五年二月二日、賃借人を被告とする本件契約を合意したが、原告と俊夫は、本件建物が被告以外の所有となつて本件土地の返還が難しくなるのを怖れ、本件契約に本件特約を加えた。(右合意及び特約が付された点については当事者間に争いがない)

(三)  以上(一)及び(二)の事実によれば、次のことを判断することができる。

(1) 本件建物の所有名義人を被告とすることが賃借権の譲渡若しくは転貸にあたるか否かはともかく、大熊の経営の実態に変更はないから、右の会社組織にしたことに伴う譲渡若しくは転貸には、背信性がない。

(2) また、大熊が担保権を設定しようとして原告から承諾を得たことは、借地人が自己の所有建物に担保権を設定することはその権利であり、原告が承諾したことであるから、特約付与の経緯として考慮する事由となり得ない。

(3) 本件契約に本件特約が加えられたのは、原告が、本件建物の所有権を第三者が取得することにより、本件土地の返還が難しくなるのではないかと怖れたことによるものであるといえる。

(四)  以上のとおり、本件特約は、原告の右危惧により付与されたものに留まり、被告の本件特約に反する行為も抵当権を設定し、それが第三者に譲渡されたというにすぎず、本件土地の利用状態に変化はないから、前記判示の本件特約が無効である旨の判断を左右しない。

また、本件特約は、借地法九条の三及び一一条の趣旨により無効であり、同法は、貸地人の、特定の借地人との信頼関係を保ち続ける利益と借地人の所有建物の利用の利益を調整する目的を有する法規であるから、同法により無効とされる特約に反する行為及び抵当権の移転登記を信頼関係を破壊する行為ということはできない。

以上のとおりであるから原告の解除事由についての主張は理由がなく、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高山 晨 裁判官松井賢徳 裁判官原 道子)

物件目録<省略>

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